21 (2)溜池 溜池という地名は交差点名や地下鉄の 駅名で残り、周囲に比べて標高が低いこ とから、昔、池があったことは容易に想 像できる(写真21)。溜池の歴史は、江戸 時代に遡る。江戸幕府が置かれ、江戸と いう近代都市が急激に発展すると飲料水 の確保が急務となった。慶長11年(1606)、 当時のひょうたん型の池であった溜池に 和歌山藩主の浅野幸 ゆきなが 長が堰を築き、 江戸城外堀としての機能も併せても たせたのである。 図21は江戸時代の溜池の様子であ る。当時は上野の不忍池よりもはる かに大きな池であったようである。 今のビル群からはほど遠い景観を有 していた。 承応3年(1654)に玉川上水が完 成するとダムとしての役目を終え、 次第に農業用地として転用されてい った。明治5年(1872)には山王下に渡船場ができ、赤坂側から舟で日枝神社へ参拝で きるようになったとの記録からすれば、当時は大きな池であったことが伺える。しかし、 明治40年代になると市街化に伴って埋め立てが進行し、わずかに弁慶堀付近のみが残 り、現在に至っている。地下鉄工事で地下に埋もれた舟が見つかったことは、かつてこ の地が大きな池であったことの証拠である。この舟は、赤坂図書館に保存されている。 写真19 清水谷(清水谷公園内の湧水) 写真20 清水谷公園前のカフェテリア 写真21 溜池交差点 図21 江戸時代の溜池付近 10)