- 5 - かつて、石神井川は金沢橋付近から音 無橋にかけて音無渓谷と呼ばれる深い谷 となっていましたが、屈曲部の直線化や 飛鳥山隧道建設などの改修によって流路 を変更しており、直線化の結果残った旧 流路の一部が、氷川町つりぼり公園・音 無もみじ緑地・音無さくら緑地などとし て整備されています(写真8参照)。 1-2 石神井川の歴史 石神井川は、河川沿いに旧石器時代以来、縄文、弥生、古墳、奈良、平安の各時代ま で遺跡をたどることができます。鎌倉時代以降は多くの武士の管理の下で農地のかんが い用水として利用されました。流域の利用形態が変わったのは、大正12年(1923)9月 1日に発生した関東大地震以降といわれています。大地震による被害の少ない石神井川 流域を含む東京郊外に人々が移り住み、流域の状況は、農地から居住地・商工業地へと 変化していきました。 ここでは、主に川の名前の由来となった室町時代と明治~昭和初期にスポットを当て て、石神井川とその周囲の歴史について説明します。 (1)石神井の由来 「石神井」地名の由来は、寛政4年(1792)に記された「四神地名録」によると、石 神の神社の号を持つ小祠(しょうし/小さい祠)の御神体にあるとのことです。書には、 神代以前に井戸から掘り出されたと伝えられている石剣(実際には石の棒か)に「石神 井」の地名の由来があるという現地の説が紹介されています。村人たちが神様(石神 様)として祀った場所は、現在の石神井神社といわれています(「東京の地名由来辞典」、 東京堂出版、竹内誠編、p198より引用)。 なお、「石神井」の地名がはじめて確認できるのは、「石神井郷内宮城行尊跡相伝系図」 という土地の相伝系図です。これは、室町時代の前半(1300年代末~ 1400年代頭)に 作成されたと考えられています。この系図から、室町時代の前半には「石神井郷(ごう)」 という地域があり、そこを豊島氏(としまうじ/としまし)が治めていたことが分かっ ています(練馬区立石神井公園ふるさと文化館、令和3年度第1回企画展「石神井城」 展示概要より引用)。 写真8 音無親水公園